AIについて考えてみた

AIは凄いのでしょうか。

人を凌駕するのでしょうか。

ターミネーターの世界が現実化するのでしょうか。

 

AIは将棋で活躍しています。

もう、人類は将棋ではAIに勝つことが出来ないようです。

株でも。

 

AI は、日本語では人工知能です。

で、知能とは何か、考えてみました。

養老先生は、極端を考えろと、著書に書かれています。

で、知能の極端を考えました。

まず、無生物。これには、知能はありません。

次に、生物と無生物の間。

ウイルスの知能を考えます。

ウイルスに、いわゆる知能は無さそうですが、その生き様は戦略的に強力に見えます。

 

今、コロナウイルスが世界に蔓延しています。

そして、エゲツナイ速度で変異を繰り返し、人間の攻撃をかわしていきます。

この生き様は、知性的と言えなくもありません。

 

このような視点から考えると、「知性」とは、我々が普通に思い浮かべる概念よりも、かなり幅広いもののように思えてきます。

 

以前、どこに書かれていたのか、覚えていないのですが、ロボット研究者の言葉で印象に残った言葉があります。

「ロボットで難しいのは、大人の動きではなく、五歳児の動き。頭で考えない、動物としての部分が難しい。」

 

普通の考えでは「知性」とは、頭の部分を指します。

でも、大きく「知性」をみると、頭以外にとんでもなく広範な領域が存在すると言えそうです。

 

「知性」には、言葉になった領域と、言葉になっていない領域が存在しそうです。

そして、AIが扱うのは言葉の領域です。言語化された領域です。

 

科学とは、言語化されていない領域を、言語化する活動と定義しても間違いではないように思えます。

 

こうなると、

ポイントは、AIが「言語化されていない領域を言語化していくことができるのか。」ということになりそうです。

 

コンナコトアリエナイ。

 

AIは、ヒトの道具でしかアリエナイ。

 

ソウオモイマス。

 

タダシ、オモウダケデス。

 

コンキョ、ナイデス。